13番目の満月

月を越えたいと願うなら誰より険しい山へ挑め。

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meeting peaple(ミーティング・ピープル)

人は何故
ひとりでは生きられないのだろう

人は何故
誰ひとり同じ人はいないのだろう

人は何故
食べなければ生きられないのだろう

人は何故
他の人を愛するのだろう

人は何故
違う言葉を話すのだろう

人は何故
自分と他人を比べたがるのだろう

人は何故
互いに傷つけあうのだろう

人は何故
それでも人との出会いを求めるのだろう

人は何故
最近、詩の更新が滞ってます。(つまりなかなか新しい詩が浮かびません)
お許しあれ。

『人』について、疑問に思うことを書き出してみました。
わたしたちが人で生まれたのは、なにか理由があったのか?
また、動物で生まれたものも、植物で生まれたものも、おのおの理由があったのか?
そうとすら、思います。
でも、答えは、まだ。。。わかりません。

本当に、途中で答えを知りたいんですけれど…
最後にならないとわからないんでしょうか。

それでも、生きていく限りは、多くのことを知りたいものです。
それがたとえ自分にショックな事実であろうとも。
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この記事のコメント

充足理由の原理ですね。
哲学はあまり好きではありませんが、
詩のかたちにするとすんなりと頭に入ります。
人が人である理由、追及し続けると面白そうです。
2007-12-04 Tue 20:41 | URL | ゆめ #-[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>ゆめさま

はじめまして。
琴里(ことり)と申します。
よろしくお願いいたします。
>充足理由の原理ですね。
この詩は実はそこまで難しいことを考えたわけではなく(爆)
なんで人は比べたがるのに、争うのに、それでも出会いを求めるんだろう?
という想いから、できた詩です。
ちなみに…哲学系の詩、たくさん書いてました(汗)
とくに今年10月ごろなんか、そういうのがいっぱい(汗×2)
哲学も難しいのでなくて、もっと生きていくために当たり前のものであると、
降りていけば、もっと受け入れられるのになあ、とは、思ってます。
ゆめさまのブログにもお伺いいたしますね。
よろしければ、またおいでいただければ幸いです。
2007-12-04 Tue 20:49 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
あらら どうしよう・・・最近 頭に思い浮かんで、まとまらなくて書けなかった内容に似てるかも。 私は身を引いたほうが良さそうですね。

ほんとに人はみんな違ってるし、人付き合いは疲れるのに、なぜ出会いを求め続けるのでしょう。 不思議ですね。 哲学ワールドですねe-3
2007-12-04 Tue 20:49 | URL | genfavbook #8w8Th2ek[ 内容変更]
詩浮かばないときは
とことんうかばないものですよねぇ^^;

感性ですしね。

応援くりっく!ぽちっ
2007-12-04 Tue 20:55 | URL | 福岡笑顔整体+健康の知恵袋:院長 #-[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>genfavbookさま

ええーー??身を引かないで下さい(微笑)
genfavbookさまのほうが、絶対に素敵なもの書けますから。
でも、本当に、人は争うと分かっているのに(遺伝子で、どこかそう組み込まれているのに)それでもひとりでは生きられないし、出会いを求めてしまうのですよね。本当に、なぜなのでしょうね。
不思議です。
2007-12-04 Tue 21:37 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>福岡笑顔整体+健康の知恵袋:院長さま
ありがとうございます。
本当に、浮かばないときはとことん浮かばなくて(涙)
ちゃんと明日以降まともに更新ができるのか、怪しいものです。。。
いつも応援クリックに励まされています。
ありがとうございます♪
2007-12-04 Tue 21:39 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
人は

ひとりでは生きられないから

誰ひとり同じ人はいないから

他の人を愛したいから

自分と他人を比べたいから

互いに傷つけあいたいから

何より人だから

人との出会いを求めるのだ
2007-12-05 Wed 00:48 | URL | Lio Valente #YZ0P4Y7k[ 内容変更]
>人は何故
それでも人との出会いを求めるのだろう

これ、あたしの中でも、永遠のテーマです。
人には傷つけられることが多いのに。
1人ではいられない。

昔、大学時代、、旦那と付き合い始めた時、、、、。
旦那(当時彼氏)との時間が増えると友達との時間が減ってしまい、、、、。
このまま疎遠になったらって焦りました。(取り越し苦労に終って友達とは今でも仲良くしてますが)
自分の事を好きでいてくれる人が近くにいるのに、、、。
友達は友達で、必要。

なんかテーマとずれてますが、、、
人は、無限に人を必要とする。そして、好かれたいと願う。
永遠に解けない謎かもしれないですね。
2007-12-05 Wed 01:21 | URL | なつ #-[ 内容変更]
琴里さん、深く考えると難しいですね。
山にどうして登るのか・・・の問いに
山がそこにあるからという答えが好きです。

同様、人間に生まれたのは、まほにもってこいのいきものであったから。
そして人は生きていくために人と交流するんだと。
交流すれば摩擦もある。
でもこれがあるから人は成長できる。
良くも悪くも成長する。
自分がどう生きたいかで、付き合い方も自分の頭で選ぶ・・・。

働くことは生きること、生きることは自分の命を守ることだそうです。
子どもは笑うことが仕事。老人は若者に知恵を授けるのが仕事。
みんな仕事を持っているんだそうです。
これらは本からの知識ですが、自分なりに納得できた、
50代のまほの感想です。

2007-12-05 Wed 10:08 | URL | まほ #-[ 内容変更]
琴里さん、おはようございます
ん~なぜでしょう?
けど、きっと無意味に繰り返してるわけではないんでしょうね。
何かを食べなきゃいけてけないのは浅ましいかもしれないけど、生きたいと願うために必要なことかもしれないし。
傷つけあったり、出会いを求めたり、愛したりするのは
私は素敵な事だと思います。
だって、相手に大して気持ちがあるから、できることだもの
相手を思うからつらい気持ちを得るんだし、傷つけた分はきっと傷つけた人も傷つくだと思うし、出会いを求めるのは新しい道を模索するような感じがします。
ひとりぼっちで生きれないのも、同じでないのも
面白みがあって素敵です。
ひとりじゃないから、自分と違うものばかりだから、何かを得れるチャンスがそこに沢山転がってるんだから。
な~んちゃって。
マジメに書いちゃいました。ではでは。
2007-12-05 Wed 10:44 | URL | ヒロヒロ #qT7Via4I[ 内容変更]
ちょっと 違う視点からのコメントで 恐縮ですが
内田樹さんの著書 「下流志向」に
子どもたちが 新しいことを学ぶ前に
「これを学ぶことにどんな意味があるんですか」
「これを勉強したら何の役に立つんですか」
と問い始めたことが 子どもたちが学ばなくなった
(そして 学ばないことを堂々と主張することによって
自分の価値を高めようとしはじめた)ことの 根底にある
と 書かれていて 強く共感しました

「これこれの価値があるんだったら 勉強してあげてもいい」
学ぶことを 等価交換としてとらえたら
自分がすでに知っていることより 先には 進めなくなります
ひとは なるべく得をしたい 生き物だから
未知のものに 時間や労力を 投資しようと 思わない

「何のために生きているのか わからない」 から
「生きていても 意味がない」と 言っているひとびとは たぶん
「勉強しても意味がないから勉強しない」という子どもたちと同じ
等価交換の理屈で 人生すらも 捉えているのでしょうね

そこに何の意味があるのか わからない
わからないけれども とにかく 学んでみる
生きるとは まさに そういうことだと思います
そして 学んだ先に 答えが必ず見つかります!
・・・と たびたまは 信じます(^ ^)

2007-12-05 Wed 13:25 | URL | たびたま #MVJDkies[ 内容変更]
ううーむ・・・・。

詩も素敵なのですが
なにより皆様のコメントから
いろいろなことを学ばせていただきました。

私もふと「人はなぜ・・・」と考えてしまうので。

ここに来られる方の感性はみんな素晴らしいし
本当に素敵なブログですね。しみじみ。
2007-12-05 Wed 14:04 | URL | ママレモン #-[ 内容変更]
レスが遅くなりましてすみません!

コメントありがとうございます。

>Lioさま
素敵な返詩ありがとうございます。
人って、…互いに傷つけあいたいんでしょうか?
多分、『争う』という因子は、生きていくために、不可欠なものとして、
人間を含む動物にはすべて、あるのだと思います。
だから、争いは、なかなか(頭では不毛とわかっていても)
なくならないのかなとも思います。
あるいは、傷つけあうことによって、生きる、ということを再認識しているのかな、とも思いました。
人間は呼吸とか、心臓が動いているとか、身体の中を血が巡っているとか、
普通意識しないですから。だから、それを意識したいために、傷つけあう部分がどこかにあるのかも…しれない。
答えが出るにはなかなか難しいですが、
それでも、Lioさまの詩を拝読して、なにか勇気みたいなのが出ましたよ。
ありがとうございます。
2007-12-05 Wed 15:30 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>なつさま

答えになっているかどうかはわかりませんが…
人は他人に好かれたい(嫌われたくない)という欲求がありますよね。
そして、人は、異質なものを排除しようとしますよね。
そして、それなのに、人は、あらたな出会いを求めてしまいますよね。
わたしは当初(10代くらい)人のそういうところがいやで、
できるだけひとりで過ごしてました。
でも、嫌われたくない、好かれたい、というのは、今となってはとても大切な欲求のように思います。
嫌われたくないという欲求は逆に言えば、『人の嫌がることをしない』という態度につながるのですから。
単なる自己保身とは違うと思います。
今好きな人、嫌われたらいやな人がたくさんいればいるほど、人の嫌がることはしたくない、人を大切にしたいという欲求は、自然と大きくなるはずです。
ですから、友達や旦那様、大切な人がいればいるほど、それでいいと思いますよ。
結局、皆様で仲良くしていらっしゃるのだし、
それに、旦那様が、逆に、友達と仲良くしたくらいで嫉妬するような人なら、
今の幸せななつさまはないと思いますし、友達についても同じことが言えると思います。
つくづく、なつさまは素晴らしい人たちに恵まれていると思います。
どうか、彼等を大事にしてあげてくださいね。
2007-12-05 Wed 15:38 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>まほさま

>山にどうして登るのか・・・の問いに
山がそこにあるからという答えが好きです。

>働くことは生きること、生きることは自分の命を守ることだそうです。

まほさまはそれらの言葉を、ちゃんとご自身のものにして、そして生き方でも実践なされているから、素敵だと思います。
生きることは自分の命を守ること。
そう考えると、だらだらした生き方はできないな、と思いますし、
ただなんとなく生きることは、生きることとは呼べないのかもしれません。
一生懸命生きていれば何かが見えてくるというのは確かにあると思いますし、
その日を信じて頑張りたいと思います。
2007-12-05 Wed 15:45 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>ヒロヒロさま
今回のヒロヒロさまのコメント…仰られていることはシンプルですが、とても素敵だとわたしは思います。

>だって、相手に大して気持ちがあるから、できることだもの
相手を思うからつらい気持ちを得るんだし、傷つけた分はきっと傷つけた人も傷つくだと思うし、出会いを求めるのは新しい道を模索するような感じがします。

自分自身はかなり長い間『感情とか記憶とかは、生き難くなるから、なくなればいいのに…』と思っていた人間なのですが。
でも、このコメントで、感情(とくにマイナス感情含む)も、本当に大事なのだとあらためて思いました。
100%正しい人はいないし、争って100%傷つかない人はいない。
でも、そこから何かを得るというのが、人間が不完全であるという理由なのかな、とも思います。
ヒロヒロさまが仰っているように生きることは無意義な繰り返しではないと信じます。
ヒロヒロさまの真面目な意見、大好きですよ。
2007-12-05 Wed 15:54 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>たびたまさま

>子どもたちが 新しいことを学ぶ前に
「これを学ぶことにどんな意味があるんですか」
「これを勉強したら何の役に立つんですか」
と問い始めたことが 子どもたちが学ばなくなった

>「これこれの価値があるんだったら 勉強してあげてもいい」
学ぶことを 等価交換としてとらえたら
自分がすでに知っていることより 先には 進めなくなります

どうでしょうね?
わたしとしては、問うことが悪いこととは思えないんですが。
それに、仮に、その質問をしたからといって、
勉強するかしないかは、本人の資質だと思いますし。

内田樹氏がどういう意図でその本を書いているかは存じ上げないので、
細かいことはなんとも申し上げられませんが、

先に進めなくなるか否かは、先ほども申し上げたように本人の資質ですし、
それに、『生きていても意味がない』と考えるすべての人々が等価交換のような考え方をしているようには、わたしには、思えません。

それに、あくまでもわたしが何人かの中学~高校生と関わって思ったことですが、彼らはそんなバカじゃないし、人生を変に悟りきった人間ではなかったです。

わからないけれどとにかく学んでみるというのは、
それはそれで、大事なことかもしれないし、
実際に、大事なことだと思いますが、
ただ、人にはいろいろな考え方があると思います。
もし生意気だと思われたらスルーしてください。
2007-12-05 Wed 16:05 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>ママレモンさま

そうですね、皆様のコメントは本当にありがたいです。
賛成意見であっても、否定的な意見であっても、貴重な気づきの場になります。
そしてそこから新しい思考、新しい詩が生まれることもありますし…
この良さってブログならではですよね。
2007-12-05 Wed 16:10 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
琴里さん 先ほどは たいへん失礼なコメントをいたしました
(書き直そうと思っても 時 すでに遅し・・・笑)

何を言いたいのかよく伝わらないような書き方で
しかも 肝心の詩の感想は 書き忘れているし( ̄ー ̄;
きっと戸惑われたと思いますが まっすぐレスしてくださって
ありがとうございます

あのままでは まるで琴里さんの詩にケンカを売っているようなので
ひとつだけ 補足させていただくと・・・
あれは「意味を問う」ことを 否定したのではなくて
むしろ この詩に共感して 書いたことなのです
この詩を読んだとき 自分が そこに重なっているように感じました
たびたまも ずっと 「なぜこんなつらい人生を生きなければならないのか」
と 問いながら 生きてきましたが
そうしているうちに なぜそうなのか わからなくても
生き続けていることに意味があるのだ と 思えるようになりました
だから 生きる意味を見失っているひとびと――若い人だけでなく――に
答えが見えないから 生きている価値がない と 思わないでほしい
という思いが あります

「下流志向」のことを書いたのは たびたま自身が 子どものころから まさに
そこに書かれている子どもたちのような「等価交換」する生き方をしてきていて
それを 言葉で見事に説明されていたので 感動したんです
琴里さんの詩に コメントしようとしていたら そのことが頭に浮かんできたので
調子にのって ひとりよがりなことばかり 長々と書いてしまいました
どうか お許しくださいね~ (^人^;)

そして さきほど 書き忘れていたことですが
この詩の 言葉のリズムが とても好きです(^ ^)
2007-12-05 Wed 17:44 | URL | たびたま #MVJDkies[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>たびたまさま
いえいえ、わたしのほうこそ…たびたまさまのお心も知らず…
文章の一部だけを思いっきり生意気な書き方してます。
申し訳ありません。
あえて言わせていただくと…
否定されたそのものにカチンときたというよりは、
『等価交換的子どもたちが増えて、学ばなくなった、』
(とくに子どもを引き合いに出されていたのが嫌だった)
の箇所で、カチンときたのだと思います。
この詩に書いてあった内容で、たびたまさまの辛い出来事を、
寸分でも思い出させたというのであれば、むしろ、そちらのほうが、
申し訳ないと思っています。
そして、その時期を通り越して、
生き続けることに意味を見出したということは、本当に素晴らしいと思っています。
そして、
>だから 生きる意味を見失っているひとびと――若い人だけでなく――に
答えが見えないから 生きている価値がない と 思わないでほしい
という思いが あります
この思いは、わたしにも、あります。
しかし、もう一方で、別の思いも、あります。
『答えが見えない/生きる価値がない』と思う時期、
これは、すごく大事だと思います。
そしてむしろ経験すべきだと思ってます。
これを経験しないで、すっと大人になった人は、
あとで、絶対、苦労なさるから(苦)
ただ、『答えが見えないからリセットしよう』とは思わないで欲しいです。
その『答えが見えない』時期に、それでもなおかつ考え、もがき苦しむことに、すごく意味があるとわたしは思ってます。
実際に自分の小・中学生時代、および20代前半は暗黒時代ですが、
でも、暗黒時代だったからこそ、普通に生きていく大切さがよくわかる気もするのです。
むしろ、そういう意味でも、『答えが見えない時期』体験してほしいです。

さて…話を元に戻しますが…

>「下流志向」のことを書いたのは たびたま自身が 子どものころから まさに
そこに書かれている子どもたちのような「等価交換」する生き方をしてきていて
それを 言葉で見事に説明されていたので 感動したんです

わたしは、『等価交換すること』自体が、悪いとは、全然思っていません。
普通の考え方なら、意味のないことを、ただやれというのが、無理な話だと思いますし、
「これを学ぶことにどんな意味があるんですか」
「これを勉強したら何の役に立つんですか」
は、あって当たり前だと思います。
むしろ、いままでそういう風なのがなくて、学校で普通にあたえられたものを学ぶ、ほうが、ある意味、おかしかったとすら思っているんです。
それに、どういう意味があるか知った上で、それでも学ぶというのであれば、
勉強する意味ははるかに違うと思いますし。
そういう意味で、わたしとしては、この問いがでる自体は、むしろ、いいことであるとすら思ってます。
ただ、『意味がないから学ばない』と判断するのか、そして『学ばないから悪い』と判断するのか、それはなかなか難しいことであって…
もし、学ばなくて、その結果早道したようでも、あとになって苦労して、でも、
それで得た苦労によって、本来学ぶはずのものは得られなかったけれど違うものを得られたとか、いろいろとあると思います。
つまり(強引なラストになってしまいますが)
どんなことであっても、無駄なことはないし、100%悪いことはないかな、というのが、今のわたしの考えです。
仮にこの詩にあるような問いを持っても、また、持つことはなくても、そして答えを知りたくても、知らなくても。
本人が一生懸命やって納得できれば、それでいいかなって。

…なんか答えになっているのかわからないとりとめのない文章ですが、
今の考え方を述べさせていただくとこうなります。
すみません。
最後に、
あのコメントレスは普通に文章にしたところで、やっぱり生意気だと思います。
すみませんでした。
2007-12-05 Wed 18:37 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
「人は何故」と問うた時に、私は必ず「生まれてきたのか」と続けてしまいます。
「人は何故生まれてきてのか」 答えはありません。
考え方を 変えました。
「生きるためには、どうすればいいのか」
そうすると、食べる事も、愛する事も・・・ぜ-んぶ必要だから!
安易にひとくくりになってますが、私が出した結論です。
食べるためには、どうすればいいか。
愛するためには、どうすればいいか。
人を傷つけたら、自分はどうすればいいか。
ひとう、ひとつ、クリアして、人生を終わりたいです。
2007-12-05 Wed 22:32 | URL | ぴ- #-[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>ぴーさま
>「人は何故生まれてきてのか」 答えはありません。
考え方を 変えました。
「生きるためには、どうすればいいのか」
そうすると、食べる事も、愛する事も・・・ぜ-んぶ必要だから!

なんかこの考え、素敵です。感動しました…
そして、

>食べるためには、どうすればいいか。
愛するためには、どうすればいいか。
人を傷つけたら、自分はどうすればいいか。
ひとう、ひとつ、クリアして、人生を終わりたいです。

人生はひとつひとつ石を積むようにできることをやり続けるしかないんですよね。
人によっては一つ飛びでやりたくなる方もいるかもしれませんが…
でも、きちんとできるかぎりをつみあげていらっしゃるぴーさま、
本当に、素晴らしいです。
今回のコメントで頭でっかちになっていた自分の目が覚めるようでした。
本当に、ありがとうございます。
2007-12-06 Thu 13:22 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
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