13番目の満月

月を越えたいと願うなら誰より険しい山へ挑め。

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sedna method

力を込めて
怒りさえ感じて
ペンをぐっと握る
でも、どんなに力を入れても
手から力はどんどん抜けていって
そのうち手の感覚がなくなっていって
握った手を離したら
ペンはあっけなく地面に落ちた
きっとひとつの感情にしがみつくことって
こんなに無駄なことだったんだ
そして
感情を解放するって
実はこんなに容易いことだったんだ
セドナ・メソドという本が届いたので、早速読んでいます。
上記の詩(というか言葉?)は実際にセドナ・メソドである方法を実践して思ったことです。
その方法では、最後、自分の意思でペンを落とします。
ですが、仮に、握り続けていようとしたって、力をいくら込めても、
力を込められる時間は恐ろしく短いし、力をいくら入れても、入らないということがわかります。
この場合は『ペンを握る』ことに執着していたわけですが、
執着心というのは空回りだったのだなということがこのことだけでもわかりました。



さて、今から書くことは自分なりのセドナ・メソッド(感情を解放)になります。
かなり痛い?文章かもしれませんが、おつきあいください。
(以下自分の心の声になります)

……君は、今、何を感じているのか?
……『あの人』のことを考えてた。

……『その人』がどういう人だか、わかっているよね?
……うん。

……君は『その人』が好きか?その人がどういう人であっても。
……うん。

……今の気持ちを自分で認めるんだね?
……うん。

……これからも、その気持ちを持ち続けていたいか?
……うん。どんなことがあっても、嫌いにだけはなりたくはない。

……では、君が今まで押しとどめてきたこの気持ちを、
解放したいと思う?手放したいと思っている?
……思ってる。

……では、手放せる?
……うん。

……いつから、手放せる?
……今から。

……本当に大丈夫か?
……うん。




解放することは、その気持ちを捨てることとは違うと思います。
その気持ちがマイナスであってもプラスであっても、光を当てて、自由にしてあげることかなって思ってます。
誠に勝手ながら文中記載の『あの人』のことについて、
その人がどういう人であるかそれ以上の記述はできませんが、
その人の幸せを自分の幸せと同様に考えられる自分でありたいなとは、思っています。


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この記事のコメント

執着した思いを解放する…
どうも私は最後のひとかけらを まだ握りしめているようです。
琴里さんの強さを見習いたいです。
2008-03-20 Thu 23:04 | URL | ぴー #-[ 内容変更]
※コメントの順番が前後しますが、ご了承いただければ幸いです。

コメントありがとうございます。

>ぴーさま

わたしについてですが、
自分はすべてを『解放』したわけでは、ありません。
それこそ、人が聞いたらしょうもないと思うもので、
執着しているものや、解放できていないものがたくさんあります。

簡単にひとつのことについて言ってしまうと、
自分はほとんどテレビを見ません。
というか、見れないんです。
理由は、怖いからです。
心の平穏が破られるのが、たまらなく、嫌だからなんです。
しかもいつからというのもわかりません。
あえていえば、生まれつきです。
(そしてそれについては解放できたかというとできてません)

自分が『セドナ・メソド』を買ったのは、自分の中にしがらみがあると気付いたこととか、今まで書いていた『引き寄せの法則』を知ったことで、
自分が多少なりとも有頂天になっていたので、
違う見方がしたくて買ったんです。

ちなみに、セドナ・メソドでは、
今(あるいは過去)の自分の感情について、『認められないから、解放できない』とか、そういうわけではありません。
1回も”認めなく”ても何回も自問自答を繰り返して”解放”した方はたくさんいるそうです。
その感情を認める認めないより、今、現在の自分自身について、自問自答し、自分が何を考えているか確認している、そしてそのことに今気付くことのほうが、重要だそうです。

(※まだ2章しか読んでいないのでこの時点での感想です)


かくいう自分も上記のことについて、あたかも手からペンを放すように解放できたかというと、それはどうかとは思いますが……
が、自分自身がどんなことを考えているか(あるいはどんなことにしがみついているか)受け入れられれば、
もっというと受け入れることは自分の負けを認めるわけではないということではなく、自分自身とわかりあうことだと感じれば、
楽になるのかな…と思ってます。

自分も全部解放したわけでないので、あまり偉そうには言えません。
ですが、自分のことは置いておいても、『セドナ・メソド』
この本自体はすごくいい本だと思ってます。

2008-03-20 Thu 23:28 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
お久しぶりです。大変な勉強家ですね。自問自答ができるとは悟りの世界に近いです。起き上がりこぼしのように悩んでも直ぐ前向きになれるところが、琴里さんの「強さ」かなーと何時も感心して私も見習らねばと思ってますよ。!。
2008-03-22 Sat 13:12 | URL | 荒野鷹虎 #-[ 内容変更]
コメントありがとうございます。

>荒野鷹虎さま

いえ、これは、セドナ・メソドという本にかいてあるやり方そのものです。
たとえば自分にとってマイナスの感情と向かい合う場合…
まず、
①今、何を感じている?と質問。
そして、
②この感情を手放したいか?
この感情があることを認めるか?
この感情をそのまま感じているか?を質問します。
これには『はい』か『いいえ』で答えます。
そして、
③この感情を手放しますか?と質問。
これにも『はい』か『いいえ』で答えます。
さらに、
④いつ(手放すの)?

以上で自分に対する質問は終わりで、
もし解放したい何かがあるときはこの感情を手放すときめたときに、
手を開いてペンを落とすところを想像するというものです。

自問自答するくせがつくと、結構面白いです。
そして、救われます。
ちょっと腹がたったとき、この質問を思い出すだけでも、われに帰れるというか…自分を取り戻します。

怒りとか悲しみとかを感じたとき、その感情に流されるのでなくて、
そこで自分自身の思いに気付くこと…
これがストレスやしがらみから解放される一歩かなと思っています。
2008-03-23 Sun 00:33 | URL | 琴里 #tFLCjtZM[ 内容変更]
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