13番目の満月

月を越えたいと願うなら誰より険しい山へ挑め。

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不安について

ここ数か月の間の心理的な転換点としてどうしても書いておきたかったので書きます。

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昨日、すばらしい気づきを得た。
でもそれは自分だけの気づきじゃなくって
何かが教えてくれたんだ、と思った。
自分よりもっと偉大な、何かが。


わたしは心身ともに敏感体質?の持ち主です。
そのためここ数週間は微妙な状態でした。
体調の悪化に悩まされた2週間前。
その後体調はいくらか回復したものの
今度は途中覚醒(寝ていて途中で目が覚めてしまい
眠れない)が日に日に酷くなり・・・
眠れなくなって、体調も悪くなるし
そしてPCの画面をみるだけで非常に気分が悪く・・・
いや、PCの画面で過敏な反応を起こすことは前からあったけれど。

自分は正直この仕事でやってけるんだろうかと、思った。

きっと脳内でノルアドレナリンという物質が一杯出ていて。
ノルアドレナリンという物質が自分の中で体調不良と不安を膨大させていて。
でも、原因はわかったとして
他の人はいくらPCやってもいくら不健康な生活していてもいくら体に悪いものを食べても
全然大丈夫なのに
自分はものすごく気をつけているのに何で?

ずっと思っていた。

でも、そんなあるとき

”不安は自分の生み出したものじゃないのか”
そのことをふと思い立った。

”だとしたら、なぜ不安と闘う必要があるのだろうか?”

わたしが感じている不安はわたしの中でしか生まれない。
不安がそういう自分の子どもみたいなものだとしたら
不安は克服したり打ち勝ったり消したりするものじゃなくて
むしろ抱きしめてともに生きるものなんじゃないか?

そう思ったその日、
はじめて平安が訪れた。
そしてひさしぶりに眠ることができた。

自分の脳?(精神?)の過敏なセンサーは
今まで巨大な弱点でしかなかったけれど・・・・
もしかしたら、生きていくうえでいつか最大の武器というか、
最大の恩恵になりうるかもしれない。

もし神様がこのことに気づかせてくれたというのなら
今はただ、感謝の言葉しか思いつかない。
そして、自分は大丈夫だ、と思った。

いつかきっとまた不安で一杯になってうずくまるときがくるかもしれないけれど。
それでも、自分は大丈夫。
少なくともこの感情を感じていられる限りは。
(2010.12.14)
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子供時代から常に漠然とした不安はありました。

完全な体と無欠な精神が欲しいって何度思ったかわかりません。

ですが
不安は戦ったり消したりするもんじゃないでしょ?自分が生み出したものでしょ?と気づいてから
すごく楽になったんです。

不安とか恐れとかは
身体が病気になって危機を知らせるのと同じように
きっと心のある部分が
気づいてほしくて叫んでるみたいな
そういうものじゃないかなって思います。

安心も不安も、それは反対じゃなくて
むしろ自分の中の同じ感情だから。

自分は以後、不安になったら
【わたしはここにいる!】と(自分の不安になっている部分に対して)呼びかけるようにしてます。

この世界に絶対安全で静かなな場所はないけれど
不安があったままでも、幸せを感じることはできる。

体調(と精神状態)がしんどかった数週間は
きっとそれを知らせるためのチャレンジとギフトだったんだと。
今は本当にそう思ってます。
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